休眠顧客を追うな。「今、会う理由」をつくれ ―― 押し売りを卒業する“再フィット”の考え方

休眠顧客を追うな。「今、会う理由」をつくれ ―― 押し売りを卒業する“再フィット”の考え方

執筆:倉増京平(ティネクト株式会社 取締役)

先日、「リードはある。なのに、商談にならない。」というテーマでウェビナーを開催しました。

この記事では、当日お話しした内容を、あらためて文章にまとめておきたいと思います。

「契約書にサインするまで帰すな」と言われた日々

そもそも、なぜこんなテーマでウェビナーをやろうと思ったのか。
理由はシンプルで、私はプッシュ営業が嫌いだからです。

社会人3年目のころ、私は英会話スクールの営業をしていました。

書店の英語コーナーや新宿駅南口で、道ゆく人に声をかける。
テレアポは1日100件ほど。
土日も関係なく、朝10時から夜23時まで働いていました。

しかも完全歩合制で、「給料」という概念がありませんでした。
上司の教えは「契約書にサインするまで帰すな!」。

この時期に、身をもって学んだことがあります。

  • 押し売りのセールスには限界がある。
  • 顧客が満足しなければ、対価は得られない。
  • 労働時間と報酬は、まったく比例しない。

そして、「セールスではなく、マーケティングの仕事をしよう」と心に決めました。

マーケティングの理想は「販売を不要にすること」

私がずっと大事にしている言葉があります。
経営学者ピーター・ドラッカーのものです。

マーケティングの理想は、販売(売り込み)を不要にすることである。
マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。

営業をしなくていい、という意味ではありません。

顧客を深く理解して、提供するものを顧客に合わせていけば、強引に売り込む必要がなくなる、ということです。

腕のいいお医者さんは、駅前でビラを配ったりしません。
患者さんのほうから「診てください」とやってきて、悩みを聞いてもらい、処方を受けて、感謝して対価を払います。

私が目指したいのは、この状態です。

休眠顧客は、本当に追う価値があるのか

今回のテーマは「休眠顧客」でした。
ここでは休眠顧客を「以前は取引があったが、いまは取引していない顧客」と定義します。

まず考えたいのは、そもそも追う価値があるのか、ということです。

研究によれば、離脱した顧客を再び獲得するほうが、新規顧客を獲得するよりも効率・効果の面で有利になり得るとされています(Yoo, Cha & Kim, 2020, Journal of Business Research)。

ハーバード・ビジネス・レビューでも、新規顧客の獲得には既存顧客の維持の5〜25倍のコストがかかる場合がある、と紹介されています。

では、なぜ顧客は休眠したのでしょうか。
私は、商品が悪かったからとは限らないと考えています。

  • 担当者が変わった
  • 予算が変わった
  • 課題が変わった
  • 会社の重点領域が変わった

つまり、顧客のニーズが変わったことで、こちらの提供価値とのフィットが外れただけ、というケースも多いのです。

以前は重なっていた自社の強みと顧客の困りごとが、ニーズの変化で外れた状態。再フィットにはA:顧客の変化を捉え直す、B:自社の提供価値を広げる、の2つがある

だとすれば、休眠顧客を動かす方法は大きく2つあります。

  • A. 顧客の変化を捉え直す
    前回の接点から、人・役割・戦略・課題・予算・市場環境のうち何が変わったのかを理解し、もう一度フィットする提案を探す。
  • B. 自社の提供価値を広げる
    これまでの商品・専門性・オファーに縛られず、拾えていなかった周辺ニーズにフィットさせる。

事例1:1,700社へのDMをやめて、6社に絞った

あるBtoB企業で、休眠顧客と見込み顧客に向けた紙のDMを2回に分けて送ったことがあります。

パズル形式のギミックを使い、QRコードからサービス紹介資料に誘導する形でした。

指標 第1弾 第2弾
送付件数 約750件 約940件
反応件数 1件 3件
問い合わせ件数 0件 2件
商談化件数 0件 1件
受注件数 0件 0件
休眠顧客へのDM2回合計の結果。送付約1,700社、反応4件、問い合わせ2件、商談1件、受注0件

合計で約1,700社に送り、受注はゼロでした。

このとき考えるべきは「もっと送ること」ではなく、誰に・何を・なぜ今届けるかだったと思います。

そこで、私たちはDMを送る数を減らしました。

約1,700社から、6社へ。

最初に変えたのは文面ではなく、「誰を追うか」です。
全社を追うのをやめ、「もう一度関係をつくる価値がある相手」だけを選びました。

そして、その中の1社を「研究対象」として徹底的に調べました。

過去の接点、現在の組織、ニュース、IR――
前回会ったときと今とで、何が変わったのか。

そこで得た「調べ方の型」を、残りの会社にも横展開していきました。

約1,700社から6社に絞り、1社を研究対象として前回からの変化を調べ、その調べ方の型を残り5社に横展開する流れ

実はBtoBの研究でも、「全員を追うな」と言われています。

Industrial Marketing Management 誌の2014年の研究では、BtoBの営業担当者50人へのインタビューから、離脱顧客を再獲得するかどうかは「その顧客の価値」と「再獲得のしやすさ」で判断されていることが示されています。

休眠顧客を掘り起こすとは、古い名簿にもう一度営業することではありません。
「誰に、いつ、何を話すか」が分かる営業資産に変えることだと、私は考えています。

事例2:自社の提供価値を広げる

では、相手を理解しても、今の自社の商品やサービスでは応えられないとしたら?

選択肢は2つあると思います。

  1. 今ある強みを、もっと強くする
    SEOやAIOを磨く、サービス範囲を広げる、認知を取る。既存の入口を太くする考え方です。
  2. 新しい「相談の入口」を増やす
    今の商品では拾えていないけれど、既存顧客が持っている周辺ニーズまで見に行く考え方です。
選択肢①入口を太くする(SEO/AIO・認知・サービス範囲)と、選択肢②入口を増やす(Web記事・企業出版・周辺ニーズ)の比較。ティネクトの場合はWeb記事を蓄積し、再編集・体系化して1冊の本にする

ティネクトは2つ目を選びました。
きっかけになったのは、いくつかの仮説です。

  • 「SEOはいらない」は、「伝えるニーズがない」とは違う。
    Webはいらなくても、本なら刺さる人がいるのではないか。
  • 本を出したくても、いきなり1冊は重い。
    記事やインタビューで小さく発信し、反応を見てから書籍にすればいい。
  • 大量に蓄積したWebコンテンツを再編集・体系化すれば、1冊の本になる。
    記事制作の終わりを、出版の始まりにできないか。

振り返ると、私たちが解いてきたテーマは「顧客が持っている知識・専門性・価値を世の中へ伝えること」でした。

Web記事でなくてもいいのです。
そこで、企業出版に専門性を持つラーニングス社と組むことにしました。

60年以上前、マーケターのセオドア・レビットはこう指摘しています。

鉄道会社が衰退したのは、「移動」の需要がなくなったからではない。
自分たちを“鉄道会社”だと思い込み、“移動を提供する会社”と考えなかったからだ。
(『マーケティング近視眼』)

この取り組みによって、「御社の知識や経験を、一冊の本にしませんか」という、これまでとは違う会話ができるようになりました。

共催ウェビナーの参加者からも、「自社事業に対して新しいアプローチだと感じた」「採用目的で企業出版に興味がある」といった声をいただいています。

周辺ニーズを拾うとは、新しい商品を闇雲に増やすことではありません。
顧客が「相談したくなる理由」を増やすことです。

過去に接点のある顧客には「再会の入口」を。
新しい顧客には「出会いの入口」を。

明日から何を試すか

まず決めていただきたいのは、AとBのどちらから「再フィット」をつくるかです。
初めてなら、私はAからをおすすめします。

  • 新しい商品を作らなくていい
  • 過去の情報を使える
  • 小さく検証できる

つまり、「既存顧客 × 既存の提供価値」の範囲から始められるからです。

5社だけで試す「再フィットテスト」

  1. 過去のリストから、「本当はもう一度話したい」5社を選ぶ
  2. 最初の1社について、最近のニュースやIRを調べ、前回からの「差分」を書き出す
  3. その会社がいま一番欲しがっていそうな情報を、1つだけ推測する
  4. 売り込みではなく、役に立ちそうな情報(調査結果や他社事例など)を届ける

おわりに

休眠顧客を追うな。
「今、会う理由」をつくれ。

名簿の数を増やすことよりも、目の前の1社の変化を理解すること。
そして、自社が提供できる価値を、少しだけ広い視野で捉え直すこと。

それが、押し売りに頼らない営業への第一歩だと、私は考えています。

とはいえ、自社のメンバーだけで進めるのは、なかなか難しいものです。

ティネクトでは、貴社の商品・保有リードを題材にした個別勉強会(無料・60分)を実施しています。
どのリードを優先するか、誰を狙うか、どんなオファーにするかを、自社のケースで一緒に設計しましょう。

 

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